畠中平八:『与える者は王者なり』
起業家人名図鑑

あ行
穐田誉輝(カカクコム)
浅野秀則(フォーシーズ)
稲盛和夫(京セラ)
井深大(ソニー)
岩元貴久(ロックノーブル)
宇野康秀(USEN)
小川善美(インデックス)
小倉昌男(ヤマト運輸元)
折口雅博(グッドウィル)
か行
神田昌典(アルマック)
熊谷正寿(GMO)
くらたまなぶ(あそぶとまなぶ)
近藤太香巳(ネクシィーズ)
さ行
斉藤一人(日本漢方研究所)
澤田秀雄(H.I.S.)
鈴木敏文(IYグループ)
関口房朗(VSN)
孫正義(ソフトバンク)
た行
高橋滋(カシータ)
な行
中島武(際コーポレーション)
南部靖之(パソナグループ)
野尻佳孝(テイクアンドギフ・゙ニーズ)
は行
畠中平八(タヒボジャパン)
平野岳史(フルキャスト)
ビル・ゲイツ(マイクロソフト)
藤田晋(サイバーエージェント)
藤田田(日本マクドナルド)
本田総一郎(本田技研工業)
ま行
増田宗昭(カルチャーコンビニエンスクラブ)
松下幸之助(松下グループ)
三木谷浩史(楽天)
森下篤史(テンポスバスターズ)
盛田昭夫(ソニー)
や行
安田佳生(ワイキューブ)
柳井正(ファーストリテイリング)
わ行
渡邉美樹(ワタミ)
・リンク集
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top > 畠中平八氏(タヒボジャパン株式会社代表取締役社長)

畠中平八-タヒボジャパン株式会社

 

畠中平八氏プロフィール


畠中平八氏(はたなかへいはち)は、「北浜の平ちゃん」「相場の神様」として親しまれ、証券界の旋風児として大阪・北浜の一時代をリード。太平洋戦争後、証券セールス日本一、二つの証券会社の社長を歴任。
その波乱万丈の人生は、清水一行の「相場師」や藤本義一の「おもろい人生」等の小説の主人公のモデルにもなった人物。
特に相場観では、昭和62年10月の大暴落(ブラックマンデー)を日時を決めて予測、1990年バブル経済崩壊による大暴落を的中等、今もその頭脳コンピューターは衰えを知らない

1920年
大阪市生まれ。
1935年 15歳で佐藤株式商店入社、初めての証券界へ。
1941年 高知(土佐)四十四連隊へ入隊。
1942年 再度召集 フィリピン派遣軍に従軍。
1945年 復員。
1960年 金田証券株式会社社長就任。
1968年 須々木証券(現センチュリー証券)顧問として入社「証券セールス日本一」として週刊誌に掲載される。
1969年 岩井証券株式会社社長就任。
1979年 大腸ガン、クローン病などの大病を患い、6時間にわたる大手術をす。
1985年 タヒボジャパン株式会社設立 代表取締役就任。



畠中平八氏の好きな言葉

 
与える者は王者なり。


 

畠中平八氏の著書

 
最後の相場師畠中平八タヒボに賭ける


 

畠中平八氏の関連ホームページ

 


・タヒボジャパン株式会社


 
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